ザ☆2057年への道

田村の今がわかるスタイリッシュ&エネルギッシュBLOG

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旧新橋停車場は日本初のターミナル駅ばかりでなく、日本初の野球チーム発祥の地でもあります!

第8回 平成28年(2016年)12月28日(水)

 昨日のブログでは、日本初のプロ野球チーム、「日本運動協会」の本拠地球場だった、「芝浦球場」の跡地に行ってきた、と書きました。

 

 その後、ゆりかもめで新橋駅に戻りました。旧新橋停車場に行くためです。

 

 日本の鉄道の歴史は、明治5年(1872年)に新橋(東京)と横浜の間に敷設されたことに始まります。東京駅ができるのは、それから40年以上も後のことで、最初の鉄道ターミナル駅は新橋に作られたんです。

 

 と言っても、旧新橋停車場は今の新橋駅より少し東側にあり、今の新橋駅は烏森駅として開業しました。

 

 大正3年(1914年)に東京駅ができると、烏森駅が新橋駅と改称、元々の新橋停車場は貨物専用駅として汐留駅と改称されました。

 

 その汐留駅も、大正12年(1923年)の関東大震災で、旧駅舎が焼失、昭和9年(1934年)に始まった改良工事により、残っていたプラットホームなども解体されました。

 

 さらに、貨物駅としての汐留駅も昭和61年(1986年)に廃止され、日本初のターミナル駅の旧新橋停車場は、鉄道駅としての役割を終えました。

 

 その後、平成に入って旧新橋停車場の礎石が発掘され、2003年には開業当時の設計を忠実に再現した駅舎が建てられたのです。

 

▼再現された旧新橋停車場です。旧駅舎はアメリカ人のリチャード・P・ブリジェンスの設計です。

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▼再現された、プラットホームです。

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▼線路の一部も再現されていました。

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▼開業当時は、線路の枕木部分が砕石や土で覆われ、線路が少ししか見えていない状態だったそうです。それも再現されていました。

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▼日本初の鉄道を敷設するにあたり、明治3年に0哩(マイル)標識と呼ばれる、測量の基準となる杭がこの地に打ち込まれたそうです。今、北海道から鹿児島県までレールが繋がっていますが、ここがまさにその第一歩となる地だったのです。

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 2日野球ネタが続いたので、野球に興味のない方は、やっと野球ネタから解放された!と思われたかもしれませんが、今日も野球ネタです(^_^;)

 

 実は、この地は、日本で最初の野球チームが作られた場所と言われています(日本運動協会は初のプロのチームです)。

 

 明治4年に、平岡凞(ひろし)という人が汽車の製造技術を学ぶために渡米するのですが、そこで野球にはまり、明治9年に帰国した時は、たくさんの野球道具やルールブックなどを持ち帰りました。

 

 明治10年に工部省鉄道局に入局すると、職員たちを集めて野球を教え、新橋停車場内にあった運動場を本拠とする「新橋アスレチック倶楽部」というチームを結成します。これが、日本初の本格的な野球チームとされているのです。

 

▼とくに記念碑的なものは見つけられませんでしたが、直接の関係はない場所の西新橋の赤レンガ通りというところに、そのことが書かれた案内板がありました。

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▼再現された旧新橋停車場は、入場無料の鉄道歴史展示室と、「銀座ライオン」というビヤレストランになっていました(^o^)

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▼歩いたので、少しお腹が空いていました。と、銀座ライオンのショーケースを見ると、美味しそうなスペアリブ(3本)のサンプルが!この続きは、明日のブログで!

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