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新潟市のシンボル、萬代橋を渡りました《橋を渡ってみるシリーズ #1》

第27回 平成29年(2017年)1月16日(月)

 年末年始は、実家のある新潟市に帰省していました。

 

 新潟市には、中心部に信濃川が流れています。信濃川といえば、日本一の長さとして知られていますが、河口の街は新潟市で、日本海に注いでいます。

 

 信濃川にはいくつもの橋が架かっていますが、新潟市内の橋で一番有名なのが「萬代橋(ばんだいばし)」という橋で、現在の橋が出来てからは87年を経過し、新潟市のシンボルとなっている橋なんです。

 

 私は小・中・高校は、信濃川の近くに建っている学校に通っていたこともあってか、橋が結構好きで、このブログでも「橋を渡ってみるシリーズ」として、各地のいろいろな橋を渡って写真を撮って載せようと思っています。その1回目として、その萬代橋を取り上げようと思います。

 

 萬代橋の初代の橋は、明治19年(1886年)に木の橋として完成しましたが、明治41年(1908年)の新潟大火で焼失してしまいました。

 

 それで、2代目の橋が大火の翌年に、木の橋として完成、しかし20年くらい経つと老朽化が激しくなり、新しい橋の架け替えが検討されました。

 

 木の橋の頃は、信濃川は今よりも3倍もの川幅がありましたが、大正11年(1922年)に上流に分水路が完成したことにより、川幅が狭まったため、木の橋よりも頑丈な、火事にも強い石橋を架けることが技術的に可能になったのです。

 

 それで、現在の3代目の橋が、昭和2年(1927年)に起工、昭和4年(1929年)に完成したのです。

 

 当時は、関東大震災の直後ということもあり、東京ではアーチ型の石橋が一番被害が少なかったことから、3代目萬代橋も6連アーチ(完成当時は8連)の石橋が採用されたのです。

 

 しかも、当時アメリカで開発された、最新鋭のニューマチックケーソン(空気潜函)工法という方法で建設され、この方法を日本人技術者だけで建設したのは、萬代橋が初めてだったのです。

 

 完成してからは、あまりにも立派な橋に、新潟市民からも「新潟のような地方都市に分不相応」という声が上がるほど評判が良くなかったそうなんですが、昭和39年(1964年)に発生した新潟地震で評価が一変。

 

 というのも、地震によって、新潟市内の信濃川に架かる橋が軒並み落下、完成して1ヶ月しか経っていない昭和大橋という橋もパタパタと川に落ちてしまったのです。

 

 ところが、完成から30年以上経っていた萬代橋は一部が破損しただけで、ほぼ無事、震災の復興に大きな役割を果たしたからなんです。

 

 そんな経緯もあって、2002年には土木学会推奨土木遺産に認定、2003年には完成当時の意匠に戻すため、設計図を基にリニューアル、2004年には一般国道の橋としては東京の日本橋に次いで2例目の重要文化財に指定されたのです。

 

▼90年近く、新潟市民を支えてきた萬代橋の全景です。お正月の新潟では奇跡的な青空です(^o^)

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▼反対からもパチリ!数10分で雲行きが怪しく…これが日本海側の気候なんです(^_^;)

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▼完成当時としては破格の幅員22メートルの橋です。これは、道路の真ん中に路面電車を通す計画があったからなんです。結局、路面電車が通ることはなかったのですが、結果として片側2車線の立派な橋となり、その後のモータリゼーション化にも十分対応できたのです。

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▼完成時の意匠に戻すため、欄干も低くなりました。近づくと落ちてしまいそうでちょっと怖いです。渡る時はご注意を!

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▼橋の架け替えや、災害時の避難場所、円滑な通行を想定して、橋の四隅には広い橋詰広場が設けられています。歩道が広いものGOOD!

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▼橋の上から、日本海(新潟西港)方面を撮りました。遠くに架かっているのは、2002年に完成した柳都大橋です。それまでは、萬代橋が信濃川の最も川下に架かる橋だったんです。

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▼路面電車は通りませんでしたが、2015年から新潟市ではBRT(バス・ラピッド・トランジット)システムが導入され、電車のような連節バスが萬代橋を通るようになりました。

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▼かつて新潟市内を走っていた路面電車と同じ塗装のバスも来ました。もし、萬代橋まで路面電車が延伸されていたら、このような電車が走っていたかも。

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▼これから何十年も何百年も、新潟市民を支えていってほしいなあ、と思います(^o^)

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