ザ☆2057年への道

田村の今がわかるスタイリッシュ&エネルギッシュBLOG

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野球観戦は楽しい!

第86回 平成29年(2017年)3月16日(木)

(昨日の続き)アメリカ人も他の国の人たちと同じく、スポーツに対して熱狂的であるのは知っています。

 

 ただ、アメリカ人はいい意味でドライというか、スポーツはスポーツ、起きてしまったことは仕方ない、といった割り切りができる人たち、という印象があったので、スティーブ・バートマン事件が報じられた時、ちょっと意外な感じで見てました。

 

 シーズン後、カブス球団が公式サイトに掲載した声明が、私は好きです。

 

 現在は削除され見ることはできませんが、Wikipediaに全文と日本語訳が載っていたので、引用します。

 

The Chicago Cubs would like to thank our fans for their tremendous outpouring of support this year. We are very grateful. We would also like to remind everyone that games are decided by what happens on the playing field — not in the stands. It is inaccurate and unfair to suggest that an individual fan is responsible for the events that transpired in Game 6. He did what every fan who comes to the ballpark tries to do — catch a foul ball in the stands. That's one of the things that makes baseball the special sport that it is. This was an exciting season and we're looking forward to working towards an extended run of October baseball at Wrigley Field.

(シカゴ・カブスは本年のファンの皆様によるこれ以上ないほどの応援に礼を述べたいと思います。感謝の気持ちで一杯です。それと共に、私たちは皆様に試合はフィールドの上での出来事によって決まるのだと言うことを心に留めて頂きたいと思っています。決して、観客席での出来事によってではありません。ある1人のファンが、第6戦で起こったことに責任を持つと見なすのは不正確であり、不公平なことです。彼は球場に来ている全てのファンがしようとすること―ファールボールをキャッチすること―をしただけです。それは野球を特別なスポーツにしていることの1つです。今シーズンはとてもエキサイティングな年でした。リグレー・フィールドで10月に更に長く試合ができることを楽しみにしています。)

 

 

 野球に限らず、ファンやユーザー間でなんらかの騒動が起きた時、日本の企業や団体は「コメントをする立場にない」などといって、基本的にだんまりを決めることが多い気がします。

 

 「ことなかれ主義」は日本の組織の特徴の一つだと思います。おそらく、ファンやユーザーといった、私的な領域に公式サイドが首をつっこむのは「やぶへび」になりかねないので、我関せずの態度を貫くのではないか、と思います。

 

 でも、私はこのカブス球団の声明を読んで、1人のファンをスケープゴートにしない、という優しさと、ファンが勝手に起こした騒動でも、球団として筋はきちんと通す、という心意気が感じられて、とても感心したんです。

 

 しかも、声明は、たんなる抽象論や感情論でバートマン青年に同情するようなものではありません。

 

 試合は観客席ではなくフィールドで決まる、という部分は、一昨日のブログで書いたように、野球の公式ルールに基づく見解です。

 

 そして、ファールボールを獲りに行くのは、球場に来るファンなら誰でもやることじゃないの、ということに言及している点も好きです。もしあなたがバートマン青年が座っていた座席にいたら、ボールを獲りに行かなかったですか?というような感じで、騒動を起こしたファンを暗に批判しています。

 

 そして、「それは野球を特別なスポーツにしていることの1つです。」という部分が一番好きです。

 

 明治時代、日本に野球が入ってきた時、「Baseball」の直訳として「基球」や「塁球」というのもあったみたいですが、「野球」と最初に訳したのは、中馬庚という人です(正岡子規説は俗説)。

 

 この訳語は、実に言い得て妙、だと思います。

 

 野球の起源は、イギリスの「タウンボール」というスポーツがイギリス移民によってアメリカに持ち込まれ変化したもの、と言われています。

 

 その頃は、スポーツとしては成立しておらず、ルールも不整備、競技場の規格も定まっておらず、空き地でやる遊びのようなものだったようです。

 

 その後、グラウンドの内外を仕切るフェンスができ、また、「見るスポーツ」という要素も出てくると、フェンスの外側にスタンドも設けられるようになっていったようなのです。

 

 だから、まさに「野球」という語が示すように、もともと原っぱでやっていた遊びが、次第にスポーツとして整っていった、という感じなんです。

 

 アンチ野球の方が、野球を批判することの一つに、競技ゾーンの大きさが定まっていないのはヘン、というのがあります。

 

 たしかに、野球は球場によってファールグランドの大きさやホームランになるフェンスまでの距離はまちまち。サッカーでも、バスケットボールでも、テニスでも、プレイグラウンドの大きさが競技施設によってまちまちなんて、ありえないでしょ?

 

 しかも、日本の球場は、レフトとライトのフェンスが左右対称のところがほとんどですが、アメリカはむしろ左右非対称のところが多いくらいなんです。

 

 つまり、繰り返しになりますが、野球というのは、もともと原っぱの遊びがスポーツとして成り立っていったもので、そういう意味では、すごく野生的で自由なスポーツなんです。

 

 だから、最低限の節度さえ守れば、野球観戦は「なんでもあり」でいいんじゃないかと、私は思っています。